北条政子の知っておきたい重要ポイントを簡潔に1分でわかりやすく【鎌倉殿の13人】小池栄子さん

北条政子



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北条政子とは

北条政子は平安時代末期に伊豆にて生まれた女性で、父は北条時政
母は伊東荘出身である伊東祐親の娘と考えらる。
1177年頃、伊豆にて流罪となっていた源頼朝と結婚し、1178年に長女・大姫が誕生。
1180年、源頼朝が挙兵し鎌倉殿になると、北条政子と大姫も鎌倉に住んだ。
北条政子は伊豆の小領主の娘であったことから当初の立場は弱かったようだ。



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1182年、嫡男・源頼家が誕生し、1192年には次男・源実朝を産むなど北条政子は徐々に正室として地位を高めて行き「御台所」と呼ばれていった。
1199 年、源頼朝が死去すると出家して尼とにり、父・北条時政や弟・北条義時と鎌倉幕府の政治を担う。
まずは源頼家の親裁を止め、1203年には源実朝を3代将軍に立てて政権を安定させた。
1205年、父・北条時政と後妻・牧の方(りく)との陰謀を押えるが、1219 年に源実朝が暗殺されると京都から九条頼経を新将軍に迎えて、みずからが後見した。
そのため「尼将軍」とも呼ばれている。

本当の名前は不明

当時、女性の実名・本名を呼ぶのは親くらいに限られており、他の者は別の呼び方をしないと大変失礼に当たるとの概念があった時代であるため北条政子の実名は不明。
北条政子 (ほうじょう-まさこ)の呼び名は、源頼朝が死去して19年後の1218年、朝廷が御台所に官位・従三位(のち従二位)を与えることになった。
その際に文書に自身の名前を記載する必要があり、天皇に対する名乗りとして「政子」と記述した。
「政」の字は父・北条時政から取ったと考えられている。

鎌倉殿の13人では俳優の大泉小池栄子さんが北条政子を演じられます。



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この記事は短時間で理解できるように要点のみを明記したものです。
更に詳しくご存知になる場合には、恐れ入りますが下記もあわせてご確認頂けますと幸いです。

北条政子の解説【尼将軍と呼ばれた御台所】鎌倉殿の13人「キーパーソン」
北条時政の知っておきたい重要ポイントを簡潔に1分でわかりやすく【鎌倉殿の13人】坂東彌十郎さん
源頼朝の知っておきたい重要ポイントを簡潔に1分でわかりやすく【鎌倉殿の13人】大泉洋さん
八重と北条義時の関係をわかりやすく解説(鎌倉殿の13人)



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高田哲哉日本の歴史研究家

投稿者プロフィール

(株)TOLEDO、高田哲哉と申します。
20年以上、歴史上の人物を調査している研究家です。
日本全国に出張して史跡も取材させて頂いております。
資格は国内旅行地理検定2級、小型船舶操縦士1級など。

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