八重と北条義時の関係をわかりやすく解説(鎌倉殿の13人)

八重と北条義時の関係



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八重と北条義時

2022年NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」では、源頼朝が最初に愛した女性ととされる「八重」と鎌倉幕府2代執権になる「北条義時」との関係が、私も尊敬する想像力豊かな脚本家の三谷幸喜さんによって描かれるようです。
そんな八重と北条義時の関係を少し詳しく記載してみたいと存じます。

大河ドラマ「鎌倉殿の13人」では、八重を俳優の新垣結衣さん、北条義時を俳優の小栗旬さんが演じられます。

まず、八重(八重姫)は伊豆・伊東荘の領主・伊東祐親の娘となります。

(参考) 伊東館(伊東氏館)の解説~物見塚公園と伊東祐親の騎馬像

兄に河津祐泰、伊東祐清がおり、源頼朝が伊豆に流された際、当初は伊東荘にて監視されていたものとも考えられます。



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北条義時は、伊豆・伊東荘の領主である北条時政の次男です。
兄に北条宗時、姉に北条政子がいます。
この北条宗時と北条義時の母は伊東祐親の娘とされます。
すなわち伊東八重の姉が北条時政の最初の妻になっており、北条宗時と北条義時(1163年誕生)を産んでいたと考えられます。
北条政子の母は異なるようで不詳です。

曽我物語によると八重姫は美女だったようで、源頼朝は日暮八幡神社にて暗くなる夜を待ち、音無神社の場所にて密会を重ねたとされます。

(参考) 日暮八幡神社(ひぐらしはちまんじんじゃ) ~源頼朝が夕暮れを待った伊東の地
(参考) 音無神社を1分でわかりやすく解説~伊豆にある八重姫・源頼朝のデートスポット

そして、1175年頃に千鶴御前(千鶴丸)が生まれました。
そのため、八重は源頼朝の最初の妻とされる由縁です。
八重の父・伊東祐親が大番役を終えて京都から伊豆に戻ると、源頼朝との間に子を産んでいたことに驚きます。
平家に知られるのを押され、子供を殺害しました。
大河ドラマでは伊東家の家人・善児が命じられて殺害するようです。

(参考) 伊東【稚児ヶ淵】がある場所はココ~八重姫の子・千鶴丸(千鶴御前)最後の地

更には、源頼朝の命を狙ったことから、八重の兄・伊東祐清は源頼朝を伊豆山神社(走湯権現)へ逃しました。

(参考) 走湯権現【伊豆山神社】歴史をわかりやすく解説~源頼朝と北条政子の腰掛石など

この伊東祐親から命を狙われたことに関しては、吾妻鏡でも記載されていますので、信憑性は高いのですが八重と言う女性の名はできません。
その後、源頼朝は北条荘蛭ヶ小島(ひるがこじま)に入って北条時政の世話を受けたものと推測致します。

(参考) 蛭ヶ小島(ひるがこじま)を2分でわかりやすく解説~伊豆にある源頼朝配流の地

また、八重姫は源頼朝と引き離され、父の命にて伊東家に仕える武将・江間小四郎(江間小次郎)の妻になったとされます。



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実は北条義時の名前は吾妻鏡では最初の頃「江間小四郎」(江間四郎、江間次郎)と明記されていることが多いです。
実権を握る頃から北条義時と記載されるようになりますが、八重より北条義時のほうが年齢が低く、また、八重と源頼朝が引き離された頃、北条義時(江間小四郎)は12歳くらいだと考えられ事、更には、八重姫の姉が北条義時の母である可能性もあり、八重が嫁いだとされる江間小四郎と、北条義時(江間四郎)は別人だと考えられます。
曽我物語などではその後の八重に関しては不明といったところですが、自害した、三浦氏に嫁いだ、千葉氏に嫁いだと言う説もあります。
また、伊東には八重姫が亡き千鶴丸を祀ったとされる最誓寺などもあります。

(参考) 最誓寺(伊東氏の墓)の解説~八重姫が嫁いだとされる「謎の江間四郎」は北条義時なのか?検証してみた

北条荘にて源頼朝は、北条政子と1177年頃結婚したようで1178年に長女・大姫が誕生しています。
一方、八重は江間小四郎の留守を狙ったのか?、侍女6人を連れて北条荘の源頼朝を訪ねますが、すでに北条政子と結婚しており会えなかったため、八重姫は真珠ヶ淵に入水自殺し、侍女も帰り田中山にて自刃したとも伝わります。

入水したと言う真珠ヶ淵には真珠院があり、八重姫御堂にて供養されています。

(参考) 八重姫様供養堂「伊豆・眞珠院」悲劇の御姫様伝説「真珠ヶ淵」の地

帰り道、侍女らが自害した地は大仁・田中山にあります。

(参考) 女塚の解説「八重姫の侍女が自刃した伊豆の峠路」

なお、大河ドラマ「鎌倉殿の13人」では、小栗旬さん演じる北条義時は、八重にあこがれていると言う設定で何かと八重を助けるようです。
ドラマ(創作)の中で八重は江間四郎に嫁ぎますが、やはり北条義時とは別人の設定になっています。
源頼朝が鎌倉を制圧すると立場が悪くなった伊東祐親(いとう すけちか)は、八重を殺害するように江間四郎に命じます。
しかし、江間小四郎は八重を逃がそうとしたため、下人の善児が殺害しようとし、そこを北条義時が助けて八重を自領の江間荘にて匿ったと言う事にする模様です。
ちなみに、善児は石橋山の戦いのあと北条宗時の殺害もするようです。



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ドラマ(創作)では、源頼朝が鎌倉にて大蔵御所を設置するようになると、仮御所のときから八重は御所に入って侍女として働き始めます。
どうも、三浦義村の屋敷に住んで御所に通う設定のようです。
しかし、侍女頭の亀の前(源頼朝の妾)に意地悪され、江間荘に戻るとやがて北条義時の妻になって行くと言う流れです。
そして、八重は北条義時の嫡男・北条泰時を産むのでした。

史実において北条泰時を産んだのは、阿波局(あわのつぼね)と言う御所に勤務していた侍女(女房)とされます。
ただ、この北条義時の妻・阿波局に関して、どのような女性だったのかは不明で、もちろん名前もわかりません。
脚本家・三谷幸喜さんの解釈では、この阿波局は八重であると考えたのでしょう。

ちなみに、北条時政の娘(北条義時の妹)にも「阿波局」と同じ漢字を書く女性がいるのですが、この北条氏の阿波局は、ドラマ(創作)では「実衣」(みい)と言う名前にて登場致します。

以上のように、八重が北条義時と結婚すると言う解釈にはビックリ致しますが、可能性としてゼロとは言えず、ほんとうにそうだったのかも知れません。
鎌倉幕府の権力を得る3代執権なのに、母である阿波局に関しては、わからないことが多いと言うのは不自然でもあるからです。
何かあえて隠そうとしないと、ここまで不明であるとは言いにくいともと言ったところです。
そのあたり、しっかりと気ずいてしまう三谷幸喜さんならではの解釈でして、とても斬新に感じます。



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なお、北条泰時を産んだあと、八重がどうなるのかは、この執筆時点(2021年1月5日)ではまだ不明です。
何か新しいことがわかりましたら、適時追記させて頂く予定です。
八重姫や北条義時に関して、もう少し詳しく知りたいと言う場合には下記も合わせてご覧頂けますと幸いに存じます。

八重姫(伊東祐親の3女)の解説~源頼朝の子をなすも悲運の女性「わかりやすく説明」
5分でよくわかる【北条義時】の解説~鎌倉幕府・第2代執権の生涯「小栗旬さん主演鎌倉殿の13人」
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高田哲哉日本の歴史研究家

投稿者プロフィール

(株)TOLEDO、高田哲哉と申します。
20年以上、歴史上の人物を調査している研究家です。
日本全国に出張して史跡も取材させて頂いております。
資格は国内旅行地理検定2級、小型船舶操縦士1級など。

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