タグ:禁門の変

  • 真木和泉(真木保臣、真木和泉守)~久留米藩の尊王攘夷指導者

    真木和泉の名前は真木保臣(まきやすおみ)だが、神官として20歳のとき、従五位下・和泉守の官位を与えられたので、真木和泉守保臣として称されることもある。 筑後国久留米の水天宮の神職の家に、1813年3月7日、生まれた…
  • 佐世元定 福原越後 福原元僴 長州藩家老

     佐世元定(福原越後)は、長州藩支藩である周防徳山藩主・毛利広鎮の6男として、1815年8月28日に生まれた。  母の名は不詳。  六男であり家督を継げなかったので、長州藩士・佐世親長(益田就恭の実弟)の養子とな…
  • 幾松(木戸松子)~京の舞妓で桂小五郎の恩人

    幾松(いくまつ)は、若狭小浜藩士・木崎市兵衛の娘として、1843年に生まれた。 母は三方郡神子浦の医師・細川益庵の娘・末子。 父・木崎市兵衛は、若狭小浜藩主・酒井忠義に仕え、町奉行の祐筆であったが、藩内の事件から…
  • 毛利元徳 (毛利広封、毛利定広) 長州藩最後の藩主

     毛利元徳は、徳山藩第8代藩主・毛利広鎮の10男として、1839年9月22日に生まれた。初名は広封、定広。  母は側室である三宅才助の娘・多喜勢(滝瀬)。  1852年2月27日、先代の藩主・毛利慶親(のちの…
  • 来島又兵衛 ~禁門の変にて散った槍・馬術に優れた文武両道の豪傑

    来島又兵衛(きじままたべえ)は長門国厚狭郡西高泊村の長州藩・無給通組である喜多村政倫の次男として、1817年1月8日に生まれた。幼名は亀之進。初名は光次郎。諱は政久。 子供の頃は、近所の幼童を引き連れてほら貝を吹き…
  • 山田顕義~民法・商法など日本の近代法の整備に尽力

    山田顕義(やまだあきよし)は、長門国阿武郡椿郷東分(現・山口県萩市)で、長州藩士の大組士・山田七兵衛顕行(禄高102石、藩海軍頭)の長男として1844年10月9日に生まれた。 幼名は山田市之允(いちのじょう)。 山田…
  • 椋梨藤太~長州藩の保守派と改革派の争いのすえ最後は・・

     椋梨藤太(むくなしとうた)は、1805年生まれの長州藩士。  諱は椋梨景治。妻は椋梨美鶴。  1851年、46歳の時、密用方から政務座役(政務役の右筆)に抜擢され、長州藩の重臣に加わり、幕末の長州藩において…
  • 寺島忠三郎~長州藩・尊皇攘夷派忠義の門弟

     寺島忠三郎(てらしまちゅうざぶろう)は1843年に周防国熊毛郡原村(周南市)で生まれた。  長州藩の無給通組・寺島直一の次男。諱は昌昭、字は子大。  弟に寺島秋介がいる。  一度、作間家の養子となったがの…

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