二階堂トクヨ わかりやすく3分解説 いだてんで女子体育教育を行う

二階堂トクヨ

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二階堂トクヨ(にかいどう-とくよ)は、日本における女子体育を広め日本女子体育大学を設立した女性で、女子体育の母と称されます。
出身は、宮城県大崎市三本木で、明治13年12月5日に生まれました。
父は二階堂保治て、母はキンの長女で、津田梅子がアメリカに留学していたころです。

15歳で准教員の資格を取り、はじめは地元の三本木小学校にて教鞭をとっていました。
そして、福島県尋常師範学校と東京女子師範学校(お茶の水女子大学)を卒業して、正式な教師の免許を取得しています。
その後、石川県で国語の先生をしながら体育を指導します。



二階堂トクヨは文学少女で、体育の指導はもともと苦手だったと言います。
しかし、キリスト教宣教師ミス・モルガンの教えもあり体操を学ぶと、高知では体育教師として赴任しています。

そして、1911年(明治44年)、30歳で東京女高師の助教授になると、永井道明の弟子となり、より一層体育学に励みました。
それらの取り組みが認められて、文部省の要請にて官費でイギリスに留学します。

英国では体操専門学校にて、最新の体操の勉強だけでなく、幅広く知識を身に着けます。
特に本人は、水泳が上達したと言います。
第一次世界大戦が勃発するなか日本に戻ると、大正4年には、東京女高師の教授となりました。



この頃の日本では、まだ、女子がスポーツを行うなど、考えられない時代です。
そんな時代ですので、大きな抵抗もありましたが、くじけませんでした。
また、クリケットとホッケーを日本に初めて紹介ています。
ちなみに、可児徳は、ドッチボールを広めています。

恩師だった永井道明の軍隊式(精神論・鍛錬式)のような体育ではなく、体育を基盤にした人間形成を主体にした教員方針と、考え方も異なるようになります。
そのため、理想を求めて、私学での二階堂体操塾を、1922年、代々木山谷に創立しました。
その体育塾が、のち、日本で初めての女子体育の学校となる、日本女子体育大学になります。
男性と対等・平等である「女性」のための教育を、体育を通じて行いました。

特に、女子800mで日本人女性初のオリンピック・メダリスト(銀)になった人見絹枝(ひとみ-きぬえ)は、3期生でした。

1941年(昭和16年)に永眠しました。享年61。
勲六等瑞宝章を賜っています。



2019年のNHK大河ドラマ「いだてん」では、女優の寺島しのぶさんが二階堂とくよを演じられます。

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