タグ:尊王攘夷

  • 古高俊太郎~在京の尊攘志士を支援した枡屋の主人

     古高俊太郎(ふるたか-しゅんたろう)は、大津代官所の手代・古高周蔵の子として、近江の古高村(滋賀県守山市)にて1829年4月6日に生まれた。  母は公家・広橋家の家来の娘。  豊臣秀吉の五奉行・増田長盛の直系と…
  • 奇兵隊とは~高杉晋作が理想掲げた軍隊は強かった

    奇兵隊は長州藩士・高杉晋作の提案で1863年6月に創設された常備軍。 下関戦争で外国艦隊にあえなく敗れた長州藩は一転して危機を迎える。 高杉晋作が「奇を以って虚をつき敵を制する兵をつくりたい」と周布政之助…
  • 奇兵隊士の八兵衛と熊七

     高杉晋作が創設した「奇兵隊」は、国の為に戦うと言う志があれば、身分問わず、農民でも入隊できると言う画期的な軍隊でした。  やがて、藩命で高杉晋作は奇兵隊から離れて、藩の政務につきましたが、そんな奇兵隊に入隊した農民出…
  • 河上彦斎(人斬り佐吉、人斬り彦斎) 幕末の四大人斬り

     河上彦斎(かわかみ-げんさい)は、熊本藩の下級藩士・小森貞助の次男として1834年11月25日に熊本城下の新馬借町にて生まれた。初名は小森彦次郎。  母は和歌。  11歳の頃、河上源兵衛(河上彦兵衛)の養子とな…
  • 禁門の変とは~蛤御門の変の経緯などの詳細版

    禁門の変(きんもんのへん)は、長州藩が京都での復権を目指して、会津藩の排除を挑んだ武力衝突で、1864年7月19日、京都御所付近で戦闘となった。 蛤御門が禁門の変の最大の激戦地になったことから、蛤御門の変(はまぐり)と…
  • 平野国臣(平野次郎、平野二郎) 福岡藩の尊王攘夷志士

    平野国臣(ひらの-くにおみ)は、福岡藩士(足軽)である平野吉郎右衛門の二男として、1828年5月12日に生まれた。 平野国臣は足軽鉄砲頭・小金丸彦六の養子になると、1845年に江戸詰めとなっている。 福岡へ戻ると…
  • 正親町公董(おおぎまち-きんただ) 長州藩と関連深い公家

     正親町公董(おおぎまち-きんただ)は、公家・中山忠能の子として、1839年1月24日に生まれた。  その後、正親町実徳の養子になっている。  なお、父・中山忠能は公武合体派の公家として活躍したことから、尊王…
  • 益田親施(益田右衛門介) 禁門の変で長州藩総大将となった筆頭家老

     益田親施(益田右衛門介)は長州藩永代家老・益田元宣の3男(次男とも?)として1802年に生まれた。通称は幾三郎、弾正、のち越中、右衛門介。  母は正室である益田房清の娘・益田孝子(美智子とも?)  益田親施(ま…

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