今田浪江【萩の乱でも放棄した徳山藩士】


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 今田浪江(いまだ-なみえ)は周防・徳山藩士として、久保村にて1852年に生まれた。

 徳山藩(とくやまはん)は、長州藩(萩藩)の支藩である。

 徳川慶喜が大政奉還した直後には、西郷隆盛前原一誠の仲を取り待ってもいる。

 明治9年に、前原一誠が起こした萩の乱に呼応し、同志数十人にて蜂起し、花岡の勘場を乗っ取るなどした。
 これが、萩の乱の導火線になったとも言われている。

 しかし、すぐに鎮圧されて、終身懲役刑となった。

 のちに病気のため出獄したが、明治10年に死去。享年26歳。

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