タグ:松下村塾

  • 山根文季  コロリで命を落とした長州藩の名眼科医

     長州藩医(眼科医)であった山根文季は、矢原村で眼科医として名声高い重宗良策の次男である。名は山根正直とも。  子の小野為八(おのためはち)は幕末の攘夷運動に身を捧げている。  山根文季はは矢原の蔵光で育ち、げん…
  • 吉田松陰の主な著書一覧

    外夷小記 廻浦紀略 稽古事控 明倫館御再建控 西遊日記 末忍焚稿 公事記 武教全書講章 末焚稿 費用録 辛亥日記 東遊日記 辛亥歳雑抄 東北遊日記 睡余事録 猛省録 屏居読書抄 業…
  • 小野為八 (小野正朝) 奇兵隊の砲術指揮官で写真術にも通じた異才

     小野為八(おのためはち)は、長州藩医(眼科医)・山根文季の長男として香川津にて、1829年に生まれた。小野正朝とも。  幼少より藩医・小野春庵のもとで教育を受けるとその後、藩医・小野家の養子となった。  弟に山…
  • 玉木彦助 (玉木彦介、玉木正弘)  玉木文之進の優秀な長男

     玉木彦助は、長州藩士・玉木文之進の長男として、1841年5月17日に生まれた。名は正弘。字(あざな)は毅甫。  吉田寅次郎の叔父でもあった父・玉木文之進は大組士40石取りの中堅武士で、1842年に松下村塾を創…
  • 松下村塾 (しょうかそんじゅく) とは? 松下村塾の歴史と幕末の志士

     松下村塾は、幕末の長州藩・萩で、1842年、長州藩士・玉木文之進が松本村の自宅で開いた私塾が始まりで、塾の名を松下村塾と名付けた。  この玉木文之進は、吉田寅次郎の叔父で、幼い頃の吉田寅次郎も近所で通っていた。  …
  • 富永有燐 (富永有隣) 松下村塾の教育を支え鋭武隊も指揮した長州藩士

     富永有燐(富永有隣、富永弥兵衛、とみながゆうりん)は、周防国吉敷郡陶村(現在の山口県山口市)にて1821年5月14日に生まれた。  父は長州藩士である御膳夫士の富永七郎右衛門で、その長男。諱は徳、後に悳彦。通称は弥兵…
  • 1分でわかる 伊藤利助 (伊藤博文)

     伊藤利助(伊藤博文)は、周防の貧しい農家の生まれだが、父・林十蔵が破産して萩に移り住むと、父が長州藩の蔵元付中間・水井武兵衛の養子となり、のちに周防の足軽・伊藤弥右衛門の養子となった為、父と伊藤利助は足軽となった。 …
  • 山田顕義~民法・商法など日本の近代法の整備に尽力

    山田顕義(やまだあきよし)は、長門国阿武郡椿郷東分(現・山口県萩市)で、長州藩士の大組士・山田七兵衛顕行(禄高102石、藩海軍頭)の長男として1844年10月9日に生まれた。 幼名は山田市之允(いちのじょう)。 山田…
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