川村鉚次郎(かわむら-りゅうじろう)とは~西郷菊次郎の右腕

川村鉚次郎

川村鉚次郎

川村鉚次郎(かわむら-りゅうじろう)は、東京帝大法学部卒の優秀な官僚で、明治後期から大正にかけて活躍しました。

2018年のNHK大河ドラマ「西郷どん」(せごどん)では第1回から登場します。
立派なヒゲを蓄えた男性との事です。

西郷隆盛の子・西郷菊次郎が第2代の京都市長として明治37年10月12日に赴任した際、川村鉚次郎を京都市の高級助役に抜擢したとも言われており、明治38年2月14日京都に入りました。
どうやら、西郷菊次郎が台湾に赴任していた際に、川村鉚次郎は臨時台湾旧慣調査会にいたようです。
京都における明治期の街並み整備や、京都を発展させるべく七条線・四条線・丸太町線・今出川線・東山線・烏丸線・千本大宮線の7路線の計画など「京都市三大事業」に川村鉚次郎は尽力しています。

臨時台湾旧慣調査会(りんじたいわんきゅうかんちょうさかい)と言うのは、日本が台湾統治を行ううえで、台湾における法制および農工商経済に関する「旧慣習」を調査した特別機関です。
その実務経験もあり、京都市の助役をしたあとは、明治40年からは、満鉄調査部の初代課長にもなりました。

満鉄調査部(まんてつちょうさぶ)は、1907年(明治40年)に設立された南満州鉄道内の調査機関で、中国東北地区などの政治、経済、地誌等の基礎的調査・研究を行いました。
南満洲鉄道初代総裁に就任した後藤新平は、臨時台湾旧慣調査会を発足させた人物でもありますので、川村鉚次郎の実務能力がかわれたとも考えられます。



大河ドラマ「西郷どん」における関連人物も少しご紹介してみます。

内貴甚三郎

内貴甚三郎(ないき-じんざぶろう)は、京都でも有数の呉服問屋「銭清」の出身で、京都市会議員を経て京都市の初代市長になりました。
1904年(明治37年)に第9回・衆議院議員総選挙に出馬して当選しており、そのあとに西郷菊次郎が京都市長に抜擢された訳です。

北垣国道

一見いたしますと、大変失礼ながら、どこかの国道の名称に思えてしまったのですが、北垣国道(きたがき-くにみち)は、第4代・高知県令、徳島県令、第3代・京都府知事、そして、北海道庁長官、貴族院議員(勅選)、枢密顧問官を歴任した偉人です。
京都府知事としては、日本初となる路面電車(京都電気鉄道)の営業運転を実現し、京都市三大事業を推し進めました。
西郷どんの第1回の頃には、貴族院議員を務めておやり、西郷菊次郎の市長就任も、北垣国道の思惑があったと言う事になっています。

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