カテゴリー:会津藩

  • 小田時栄(おだときえ) 山本覚馬の世話をした女性

     京都守護職となった松平容保の会津藩が、京都を警護した際に、会津藩士・山本覚馬も京に上った。  しかし、山本覚馬は、まもなく失明状態となり、失明状態の山本覚馬は、公用の職から身を引いて、清浄華院において静養していたよう…
  • 山本うら(樋口うら) ~ 山本八重の兄・山本覚馬の妻

    樋口うらは、会津藩勘定方・樋口家の娘であったと考えられるが、嫁ぎ先の山本家との関係、また、樋口家が、どの会津藩家臣の樋口氏に当たるのか、詳細は不明である。  1857年、山本覚馬と樋口うらが結婚。山本覚馬は山本…
  • 山本覚馬 (2) 京都府議会 初代議長へ

    → 山本覚馬(1)からの続きです 明治元年、仙台藩邸の病院に移され、ここで岩倉具視の訪問を受け、翌年釈放された。 釈放された山本覚馬(42歳)は、京都で小田時栄(16歳)と同棲を始めた。小田時栄は、幽閉中も薩…
  • 山本覚馬 (1) 会津藩の砲術指南役

    山本覚馬(やまもとかくま)は会津藩・砲術指南役・山本権八の長男として鶴ヶ城近くの武家屋敷にて1828年1月11日誕生。母は佐久。 山本家の遠祖は甲州流軍学、武田信玄の軍師でも知られる山本勘助が祖であると言われる。 …
  • 川崎尚之助(1)  山本八重の最初の夫

    大河ドラマ「八重の桜」でも注目を浴びた、山本八重の最初の夫とされる川崎尚之助は、会津に来る前までは川崎正之助と言う漢字の名前だった。 川崎正之助(かわさきしょうのすけ)は出石藩(兵庫県)の藩医の子であるとされるが、…
  • 会津藩の松平照姫 (1) 会津藩・松平容保公を支えた高貴な女性

    照姫は、第9代上総飯野(現在の千葉県富津市)藩20000石の藩主・保科正丕(ほしなまさもと)の3女として1832年12月13日に、江戸藩邸にて生まれた。 正しい漢字は「熈」だが、自ら「照」と書いた姫。 (さらに&h…
  • 高木時尾 ~ 山本八重の親友で新選組・斉藤一の妻

    高木時尾は幕末の会津藩大目付・高木小十郎の長女として1846年に生まれた。母の藤田克子は大変な美人であったらしい。 山本八重より年齢で1つ年下。山本家とは斜め裏の隣家であったことから山本八重とは親友であった。 …
  • 日向ユキ (ひなた ゆき) ~山本八重の幼なじみ

    日向ユキは、1851年、会津藩士・日向佐衛門(日向左衛門)と日向ちか夫妻の2女として会津若松城下で生まれた。 父・日向佐衛門(日向左衛門)は会津藩の上士(上級藩士)で御旗奉行400石。 実母の日向ちかは、飯沼…

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