タグ:太平洋戦争

  • 永井隆

    永井隆・医学博士の解説 長崎の鐘

    永井隆(ながい-たかし)は、昭和初期の医学博士で放射線の専門家です。 1908年(明治41年)生まで、出身地は島根県松江市となります。 父・永井寛も医師と言う家庭です。 運動は苦手でしたが、学業は優秀で、松江高等学…
  • 占守島の戦い

    占守島の戦い 日本国土を守った最後の戦い

    占守島の戦い(しむしゅとうのたたかい)は、太平洋戦争終戦後に、日本の千島列島東端にある占守島にて発生した、ソ連労農赤軍と大日本帝国陸軍との戦闘です。 戦後75年以上が過ぎた今でも、多くの日本人は、8月15日の玉音放送で…
  • 横井庄一

    横井庄一 28年間ジャングルで生き延びた世界大戦(太平洋戦争)

    横井庄一(よこい しょういち)-1915年(大正4年)3月31日~1997年(平成9年)9月22日- 愛知県海部郡佐織村(現在の愛西市)出身 大日本帝国陸軍にて、1935年~1939年、第一補充兵役 1942年~1…
  • 藤山一郎

    藤山一郎とは 国民的歌手として長年活躍

    藤山一郎(ふじやま-いちろう)は、昭和初期に活躍した歌手で、生まれは明治44年(1911年)になります。 本名は、増永丈夫(ますなが-たけお)、父は、モスリン(毛織物)問屋・近江屋の番頭で、母はその近江屋の養女と言う立…
  • 黒田の家臣

    黒田の家臣と佐世保鎮守府第5特攻戦隊第35突撃隊第121震洋隊

    黒田の家臣 宮城県日向市の細島に「黒田の家臣」と呼ばれる史跡があります。 最初はその名を聞いて、中津城や福岡城に縁ある黒田長政関係なのかな?と思ったのですが、時代は幕末でした。 江戸時代の後期、文久二年…
  • 函館山の砲台跡(旧函館要塞)

    函館要塞~函館山の砲台跡を訪ねて

    北海道函館市にある箱館要塞跡の砲台跡です。 今でこそ、夜景で有名な函館山ですが、明治に入ると函館山は軍事要塞化が進められ、山全体に砲台や発電所、観測所など17の施設や大砲が設置され、1902年(明治35年)に箱館要塞が…
  • 吉田茂

    吉田茂とは 戦後唯一の国葬にまでなった功労者である吉田茂の邸宅も

    旧吉田茂邸(きゅうよしだしげるてい)は、内閣総理大臣を務めた吉田茂(1878年~1967年)が暮らしていた邸宅で、神奈川県の大磯にありますので、吉田茂と共にちょっとご紹介してみます。 旧吉田茂邸は、横浜の豪商だった…
  • 旧海軍司令部壕

    沖縄の旧海軍司令部壕を訪ねて~大田実海軍中将の思いと沖縄戦

    沖縄でアメリカ軍と激しい戦闘となった「沖縄戦」を物語る貴重な遺構が、旧海軍司令部壕(かいぐんしれいぶごう)です。 旧日本海軍・司令部壕は、小禄飛行場(那覇空港)を守るために、昭和19年(1944年)、日本海軍第22…

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    歌川広重の「東海道五十三次」と言う風景画は、当時の江戸時代の人々だけでなく、現代に生きる私たちをも魅…
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