毛利安子【銀姫】とは~毛利元徳の正室として維新後は日本赤十字社などで活躍


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 毛利安子(もうりやすこ)は、長門長府藩の第12代藩主・毛利元運の次女として、1843年3月の生まれた。
 幼名は銀姫。

 のちに、6歳で長州藩主・毛利敬親の養女となり、15歳の時、徳山藩第8代藩主・毛利広鎮の10男・毛利元徳の正室となった。
 この時、毛利家の奥は老女・園山が仕切っていたと考えられる。

 夫の毛利元徳は明治維新のあと隠居した毛利敬親の跡を継ぎ、廃藩置県までの間、長州藩主となり、毛利安子は支えた。
 なお、毛利元徳は二条基弘公爵とともに明治政府最初の公爵として叙爵されている。

 久坂玄瑞が亡くなったあと未亡人となった杉文(久坂美和)は、毛利安子の長男である毛利元昭(興丸)の養育係を務めていた。

 毛利安子は、明治23年から大日本婦人教育協会の会長を務め、新島八重も参加した日本赤十字社でも要職を務めた他、能楽を保存するなど、文化人として文化活動に名を残すなどし、勲三等に叙せられた。

 楫取美和子(杉文)が亡くなった3年後となる。大正14年(1925年)7月25日に死没。83才。

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 →毛利家奥の国島・鞠・潮とは
 →園山殿に関してはこちら
 →毛利都美子の生涯
 →毛利元徳に関してはこちら
 →興丸(毛利元昭)

 NHK大河ドラマ「花燃ゆ」での配役は、田中麗奈さんに決まりましたね。

 大河ドラマ「花燃ゆ」の出演者一覧からもどうぞ

 

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