田中土佐 新政府軍を迎え撃ち、自刃した会津藩家老

 田中土佐(田中玄清、たなかはるきよ)は、1820年8月1日、会津藩家老・田中玄良の長男として生まれた。
 田中家は伊勢・北畠氏の一門である田丸氏が出自で、甲斐で武田信玄に仕えたのち、保科家の家臣となった。
 その後、保科氏が会津藩主となった際に、同行したようで、保科正之を補佐し、会津藩が松平氏になっても田中家は家老として代々仕え、会津九家に数えられた。
 家禄は2000石で、会津藩の家老としてもトップクラスである。

 1862年、会津藩・松平容保が徳川幕府から京都守護職就任を命じられた際、同じく家老の西郷頼母と共に早駕籠で江戸に赴き、松平容保に対して京都の情勢や、会津藩の出費負担の大きさを説いて反対した。
 しかし、松平容保の意思は既に決まっており、京都守護職就任が決定すると、反対を唱えるのはやめて、野村左兵衛、外島機兵衛、小室金左衛門、川原善左衛門、宗像真太郎、大庭恭平らと先んじて京に上洛し、会津藩の京都滞在に備えて準備にあたった。
 その後、12月に松平容保に随従して入京。
 1864年、病のため職を辞して帰国したが、1865年、特命をもって呼び戻され、家老に復した。

 鳥羽伏見の戦いで幕府軍が敗れ、会津に戻った松平容保は、国家老・田中土佐・神保内蔵助らの名前で、尾張・肥前など22藩に嘆願書を送り、恭順の意を示した。
 しかし、一方では国元で軍備の刷新と、鉄砲・大砲調達を行うなど、軍事力の充実をはかり、新政府軍との抗戦の決意を固めていた。

 1868年8月、新政府軍が会津に迫り、8月22日午前5時頃、会津若松城に母成峠の敗報が届いた。
 ただちに、家老・西郷頼母・田中土佐・神保内蔵助・萱野権兵衛梶原平馬らが登城して防衛策を練ったが、主力部隊は国境にいる為、城下には僅かに1000人程の予備兵力しかなかったが、松平容保も自ら白虎隊(士中二番隊)などの予備兵力を率いて滝沢村まで出陣し、田中土佐もこれに従った。
 しかし、夜半には戸ノ口原の十六橋も西軍の手に落ちた。
 松平容保は戸ノ口原の戦いで新政府軍が会津軍を破って滝沢峠に迫ったとの報告を受けると、若松城へと向かった。
 田中土佐らも、滝沢から敵を撃退しながら退却。
 新政府軍は23日朝には江戸街道を進撃し、午前10時頃に若松城下へ突入した。
 城へ戻る途中、松平容保は甲賀町口郭門にとどまり、郭門守備の藩兵を励ますが、新政府軍の勢いが強く、やむなく退却し入城。

甲賀町口郭門の戦い

 田中土佐は会津若松城に迫りくる新政府軍に対し、神保内蔵助と共に、外堀の甲賀町口郭門で敗兵や老兵を指揮して戦った。在宅していた老兵も槍や刀を手に集まったと言われている。
 城の北側にある甲賀町口郭門は、城の正門への道がまっすぐに続いていたため、城の北東、滝沢峠を越えてきた新政府軍はここを目指した。
 銃弾を防ぐ壁として畳を用いようと、近所の藩士宅から畳を運ばせて、何枚も積んで防護壁にしようとしたが、そうこうしている間に、敵の弾が飛んできて、防御体制を取れなかったと言う。
 会津軍は、蜷川友次郎・田原助左衛門らがまず突撃。
 そして、田中土佐、軍事奉行・黒河内式部の指揮で、幼少組隊長・佐瀬清五郎、砲兵隊長・井深数馬、遊撃組頭・馬場清兵衛が各々手兵を率いて突っ込んだ。
 銃を持つ会津の精鋭部隊は、国境で新政府軍を迎え撃つべく前線に出ており、残っていた会津武士は刀槍を持つ兵が多く、簡単に敵の狙撃で死傷する者が続出した。
 井上丘隅・山内遊翁・牧原一郎・原新五右衛門・春日郡蔵・高橋伴之助・ 三宅弥七・多賀谷勝左衛門・丸山弥次右衛門・柳田自休・宇南山良蔵らは味方の屍を踏み越え、刀槍をかざして奮戦した。
 しかし、新政府軍は中村半次郎(桐野利秋)や、小笠原謙吉の率いる薩摩・土佐の精鋭部隊であり、この甲賀町口郭門の戦いは、会津戦争において最大の激戦地となった。
 田中土佐も負傷し、8月23日、家老・神保内蔵助と共に医師・土屋一庵(150石)の屋敷で敗戦の責任を取る形で自刃した。享年49。神保内蔵助と共に刺し違えとされる。

 墓所は会津若松市の天寧寺。
 下記の写真は、現存する甲賀町口郭門の石垣で、国指定史跡。会津若松城の防衛16箇所の外堀入口で、最も重要な防衛口であった。

 翌日、24日~25日には、前線に出ていた会津の主力部隊が、新政府軍の敵陣を突破するなどして、続々と会津若松城に帰還している。

 (参考文献) 戊辰戦争百話

 

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