小田彦三郎  坂下門外の変 (水戸藩士)


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 小田彦三郎(おだひこさぶろう)は、幕末の水戸藩士で1833年生まれ。名は朝儀。変名は朝田儀助。

 公武合体のため皇女・和宮の降嫁を許可した孝明天皇の退位を、老中・安藤信正らが考えているとの噂を聞いた、水戸浪士・平山兵介らが暗殺を計画。
 小田彦三郎もその一味に加わった。

 最初、決行を1月28日と日程を決めたが、12日に同志の大橋訥菴ら宇都宮側の参加者が捕えられ計画の漏えいが予想されたため、水戸志士を中心に残ったメンバーだけで暗殺を決行することになる。

 1862年1月15日の朝8時頃、折しも雪が降る中、水戸藩浪士・平山兵介と、小田彦三郎、黒沢五郎、高畑総次郎、そして、下野の医師・河野顕三、越後の医師・河本杜太郎ら6名により、坂下門外で老中・安藤信正の行列を襲撃。(坂下門外の変)

 小田彦三郎ら6名全員がその場で斬り討ち取られた。30歳。

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