島津斉興と自身の長男である島津斉彬との確執をわかりやすく


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島津斉興(しまづ-なりおき)は薩摩藩の第10代藩主で、島津家の当主としては27代となります。
幕末の1791年11月6日に生まれました。
父は島津斉宣で、母は側室となる佐竹義和の養女(浪人・鈴木勝直の娘)です。

1804年に元服したあと、1809年に家督を継いで、島津斉興(18歳)は藩主になりました。
しかし、この家督相続は、緊縮財政政策を行なおうとした島津斉宣に対して、祖父・島津重豪が反対した「近思録崩れ事件」によるものでした。
そのため、島津斉興の後見人に祖父・島津重豪が就任しており、実質的な藩政は祖父が執り行い、形ばかりの藩主となってしまうのです。

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同じ、1809年に、正室・弥姫(いよひめ)との間に、嫡男・島津斉彬が誕生しています。
弥姫は、鳥取藩主・池田治道の娘で、徳川家康、伊達政宗、織田信長の血を引いており、かなりの才女であったとも言われています。
薩摩藩の家臣から「賢夫人」と称され、島津斉興や次男・池田斉敏の子育ても、乳母に任せず、自ら母乳を与え「史記」「四書五経」を自ら説いたと言います。

一方、1817年に、島津斉興の側室・お由羅の方が、島津忠教島津久光)を産みます。
しかし、弥姫は1824年に34歳で亡くなり、祖父・島津重豪も1833年に89歳で亡くなると、島津斉興は、調所広郷を重用して藩政改革を行い、薩摩藩の台所事情は一気に改善されるなど、経済発展を果たします。
砂糖専売法の実施で功績をあげた他、海岸警備の為、大砲・小銃の製造も行い、軍事力の充実を計り、のち薩摩藩が力を付ける根本を築いたと言えます。
ただし、42年間藩主であったにも関わらず、このように政策を打てたのは18年に過ぎず、相当、父・島津斉宣のことを根に持っていたようです。

そのためか、次期藩主の島津斉興が祖父・島津重豪の影響を受けて洋学に興味を持ったりしたことも相当嫌ったようです。
その結果、それら珍しいものを取り寄せるのに金遣いが荒いと懸念もしたようで、徳川家康の血を引く島津斉彬の事を嫌い、40歳になろうとしいていた島津斉彬に対して、いつまでも家督を譲らずにいました。
そして、お由羅の子・島津忠教(島津久光)に家督を譲ることも考えたため、弥姫の子・島津斉彬との間で家督争いが勃発し「お由羅騒動」に発展して行くのです。

島津斉彬の母・弥姫は既に他界しており立場も弱いところを、亡き家老・調所広郷や、島津斉興の側室・お由羅の方らは、島津久光の擁立を画策していたこともあり、島津斉彬の能力を評価していた老中・阿部正弘が、島津斉彬に有利なように動いている節もあります。
1848年、江戸幕府は薩摩藩の「密貿易」を指摘したため、調所広郷は責任を取って服毒自殺し、調所広郷の独裁が終わりました。

島津斉彬は、百諸侯中の世子の中でも将来を期待された逸材で、水戸藩主・徳川斉昭らも、藩主就任はいつかと待ちわびていたと言います。
その反面、島津斉興は自分の子・島津斉彬の評価として「疑り深い」「小賢しい」「勇気が少ない」「肝っ玉が小さい」など罵倒とも思えることを記載している文書も見つかっています。
そして、ついに1849年12月、お由羅騒動が勃発します。

斉興と斉彬の関係は悪化する一方でしたが、徳川幕府は調停に乗り出し、1851年2月、老中・阿部正弘の裁決を下します。
藩主・島津斉興は強制的に隠居となり、こうして島津斉彬が家督を継ぐことになりました。
島津斉彬は、西郷隆盛ら幕末に活躍する人材も育て、名君ともうたわれるようになります。

しかし、隠居となった島津斉興の無念の思いは生涯消えなかったようで、1858年に藩兵を率いて京へ上洛しようとしていた島津斉彬が、発病後10日後に急死していますが、あまりに急な死は島津斉興の陰謀とも言われています。

島津斉彬の遺言により、島津久光の長男・島津忠義が薩摩藩主となります。
なお、藩政の実権は祖父・島津斉興が握ることになり、斉彬派の西郷隆盛は奄美大島に潜居させ、集成館事業を廃止するなど、180度の政策転換をしました。

安政6年(1859年)9月12日に島津斉興死去。享年69。

その後は、後見人となった島津久光や西郷隆盛、大久保利通らが薩摩藩を動かしていくことになります。

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