伊集院須賀と伊集院兼善・伊集院兼寛とは~西郷隆盛最初の妻である須賀はどうして離婚したの?


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伊集院須賀(いじゅういん-すが)は、薩摩藩士・伊集院兼善(伊集院直五郎兼善、伊集院作平次)の娘。
母は伊集院重子で、弟に伊集院兼寛がいる。

伊集院家は、薩摩の有力豪族である伊集院氏(いじゅういんし)の分家と考えられるが、伊集院兼善の系譜は良くわかっていない。

伊集院須賀(伊集院俊子)とも呼ばれたお嬢様だったようで、1852年に西郷吉之助西郷隆盛)28歳と結婚した。
須賀は21歳前後だったようで、西郷家のあった下加治屋町(したかじやまち)から、伊集院家のあった上之園(うえのその)までは徒10分位の距離であった。
一説には目を見張るほどの美貌で美人だった須賀に「幸せにするでごわす」と、西郷吉之助が一目ぼれしたとも、両親にすすめられたとも、言われている。
下記は西郷隆盛の屋敷があった場所。

西郷家は下から2番目の御小姓与(おごしょうぐみ)と言う下級武士であった故に西郷家は大家族なのに極貧であり、須賀は苦しい家計をやりくりすることになった。
更に、この1852年には、西郷善兵衛(西郷隆盛)の祖父・西郷竜右衛門(西郷遊山)が7月に、9月には父・西郷吉兵衛、11月には母・西郷満佐子(西郷政佐子・西郷マサ)が相次いで死去。

1854年に、西郷吉之助(西郷隆盛)が藩主・島津斉彬に認められて江戸へ出で、4月には島津斉彬の庭方役(にわかたやく)に抜擢された。
西郷の6歳~20歳の5人弟妹の面倒をみながら、鹿児島で西郷家の留守を守った須賀であったが、その貧窮を見かねた伊集院兼善が、伊集院須賀(西郷須賀)を引き取ったのは1584年の年末頃とされる。
貧乏のうえ、体調を崩したためとも言われている。

その後、伊集院家が江戸に詰めている西郷隆盛に書状を送り離縁が決まったようで「こちらこそ申し訳なかった」と西郷が伝えたと言われる。
円満な離婚ではあったが、結婚生活はわずか2年であり、西郷隆盛も涙流す日々が続いたとされ、須賀の離婚を一生後悔した。

1855年12月12日、江戸にいる西郷隆盛は、借金返済のため、下加治屋町の生家を売却している。
そして、実家に残っていた4人の弟妹(市来家に嫁いだ長妹・琴、三原家に嫁いだ次妹・鷹を除く)は、新たな上之園の借家に移った。
今で言う単身赴任であった西郷吉兵衛が3年4カ月ぶりに鹿児島に戻ったのは、1857年5月24日となる。

なお、伊集院須賀の生没年などは不詳。伊集院家が動向を伏せたためとも言われる。

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以上が、西郷隆盛の一人目の妻の話。

伊集院兼善と伊集院兼寛

須賀の父・伊集院兼善(いじゅういん-かねよし)は、1817年に薩摩藩士・伊集院作平次の3男として生まれた。
須賀が生まれた後、長男・伊集院兼寛(いじゅういん-かねひろ)が1837年1月2日に誕生している。
母は伊集院重子(いじゅういん-しげこ)。

この伊集院兼寛(伊集院直右衛門兼寛)は、幕末期において、西郷隆盛・西郷従道大久保利通らと共に行動をとる事が多く見受けられる。

1862年の寺田屋騒動では、過激な死を遂げた有馬新七の同志として討幕計画に参加。
しかし、藩主の命を受けて帰順し、のち謹慎処分となっている。

1863年、長州藩との禁門の変では斥候として参戦しており、藩主より功賜金を賜った。
また、薩英戦争では決死隊の一員にも加わり奮戦している。

戊辰戦争では東山道総督府参謀として転戦し、新政府軍として貢献した。
妻は山城彦兵衛の娘・山城今子。

その後、大蔵省にて明治初期の会計制度を整備するなどし、明治6年には海軍省に入り、海軍少将兼海軍少輔となっている。

一方、父・伊集院兼善も明治5年頃、出納大属となり、1874年には鳥取県権参事、1876年には高知県参事を経て1882年11月、高知県令に就任した。
子の伊集院兼寛は、1878年に元老院議官、1887年には子爵を授けられ華族に列し、1890年、帝国議会創設の時には貴族院議員を務めた。
明治31年(1898年)4月16日、勲一等瑞宝章を授与されるも4日後の1898年4月20日に死去。

子爵の伊集院兼寛らは、漫画「はいからさんが通る」のモデルとなった。

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ちなみに、日本最初に火縄銃を合戦使用し「釣りの伏せ」を考案したのは、戦国時代の伊集院忠朗と言う武将。
1600年、関ヶ原の戦いで敵中突破した島津義弘や、九州の覇者・島津義久ら島津四兄弟の居城は、伊集院城であった。

なお、西郷隆盛は生涯3回結婚している。
2人目の妻は愛加那と言う女性となる。

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