土方歳三の愛刀「和泉守兼定」


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12代・和泉守兼定(いずみのかみ-かねさだ)による土方歳三の愛刀は2尺3寸1分6厘。

会津の名刀匠である兼定は、会津御抱鍛冶であり、会津藩主・松平容保の上洛に従って、京都で刀を作っていた。
ただし、京に行っていたのは11代目の和泉守兼定であり、12代和泉守兼定の刀に関しては、土方歳三が会津藩の会津若松城に行った際に譲り受けたともされている。

函館戦争の時に、遺髪・写真・手紙などを日野の義兄・佐藤彦五郎に送った際に、この刀も送られたとされ、当時は刀の何か所かに、刃こぼれがあったと言う。
その後、保存の為、昭和初期に修理された。

その後、土方歳三の実家に贈られ、現在、土方歳三資料館にて現存しているが、これは11代和泉守兼定の作ともされる。
毎年、土方歳三の命日が近づくと、特別公開されるので、土方歳三が使用していた刀を是非見に訪れて頂きたい。


模造刀(美術刀) 新撰組 兼定 土方歳三拵【ひじかたとしぞうこしらえ】

なお、土方歳三の愛刀として知られる物は、和泉守兼定(12代)以外にも下記の通りあるので、記載しておく。

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和泉守兼定(大)

新選組全体で、兼定の刀を使用していたようで、元治元年に近藤勇が日野の佐藤彦五郎に宛てた手紙の中には「土方氏モ無事罷在候、殊ニ刀ハ和泉守兼定二尺八寸、脇差一尺九寸五分堀川国広云々……」とある。
そのため、土方歳三は、寸違いの兼定を複数所持していたと考えられるが、現存するのは上記の記念館に保管されている物だけとなる。

堀川国広(小)

葵紋越前康継(大)

大和守秀国(大)

用恵国包(小)

土方歳三資料館
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