川路利良の解説 来島又兵衛を狙撃し警視総監にまでなった薩摩藩準士分


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川路利良(かわじ-としよし)は、薩摩藩与力(準士分)である川路利愛の長男として、幕末の1834年(天保5年)5月11日に比志島(ひしじま)にて生まれました。
準士分と言うのは、身分が低い城下士(郷士)よりも、低い身分の武士のことを言います。

1864年、禁門の変では、西郷隆盛の指揮のもと、鉄砲隊として参戦し、長州藩遊撃隊総督の来島又兵衛を狙撃して討ち取る戦功を挙げたため、高く評価されました。
1867年には、薩摩藩の御兵具一番小隊長となり、西洋兵学を学んでいます。

1868年、戊辰戦争の鳥羽・伏見の戦いでは、薩摩官軍大隊長として出征し、上野戦争では彰義隊潰走にも功績を残しました。

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そのあと東北に転戦すると、磐城・浅川の戦いで、銃弾を股間に受けて負傷しましたが、そのあと、会津戦争にも参加しています。
これらの戦功により、明治2年(1869年)、薩摩藩の兵器奉行となりました。

その後、明治4年(1871年)、西郷隆盛の推薦を受けて、東京府で仕事をし、権典事、典事を経て邏卒総長となり、司法省の西欧視察団に加わって、ヨーロッパ各国の警察を視察します。
そして、日本に帰国すると、西洋式の警察制度へと改革を進め、フランス式の警察制度を参考に日本の近代警察を確立しました。

そのため、川路利良は「日本警察の父」とも呼ばれます。

明治7年(1874年)、警視庁が創設されると、初代の大警視(警視総監)に就任しました。
創設期と言う事情はあるものの、満40歳での大警視(警視総監)就任は、現在も破られていない史上最年少記録となっています。
川路利良は、毎日のように現場の視察を行っており、警察署・派出所を巡視したため、毎日の睡眠時間は、4時間未満だったと伝わります。

捜査の性質は、隠れているものを明らかにし、空虚なものを充実したものとし、いつわりの中から、真実を発見しなければならない

と警察官たる者の精神を説きますが、この言葉は現在の警察にも引き継がれています。
また、旧会津藩の家老・佐川官兵衛を警察に誘うなどしました。

西郷隆盛が下野した際に、薩摩者の多くは従い鹿児島に戻りました。
しかし、川路利良は

私情においては、まことに忍びないが、国家行政の活動は一日として休むことは許されない。大義の前には私情を捨ててあくまで警察に献身する

として、警視庁に残って職務を全うすることになります。

そのため、内務卿・大久保利通からも厚い信任を受け、佐賀の乱では、密偵を使って動向を探る役目も担いました。

また、薩摩出身の中原尚雄ら24名の警察官を「帰郷」と言う名目で鹿児島県に送り、不平士族への工作を行いましたが、中原尚雄らが西郷隆盛の私学校生徒に捕らえられます。
拷問の結果、川路利良が西郷を暗殺するようにと指示していると言う「自白」をすることになります。

こうして、西南戦争が勃発すると、川路利良は陸軍少将を兼任して、警視隊で組織された別働・第三旅団の旅団長として九州へ向かいました。

激戦となった田原坂の戦いでは、警視隊から選抜された抜刀隊が活躍したのも、よく知られます。
その後も、西郷勢に勝利して進軍しますが、旅団長を免じられて東京へ戻りました。
なお、後任の旅団長には、大山巌が就任しています。

このように、西郷隆盛を裏切ったともされますが、西郷隆盛暗殺計画の真偽は不明のままです。

明治11年(1878年)、大久保利通の暗殺計画があるとの情報が入っていましたが、「石川県人に何が出来るのか」と川路利良は無視したとされます。
以後、政府要人には警護を付けるように指示しています。

明治12年(1879年)1月、再びヨーロッパの警察を視察に向かいましたが、船中で病気になり、パリに到着すると病床に臥します。
咳や痰、時に吐血の症状も見られた言い、8月24日、郵船「ヤンセー号」にて10月8日、日本に帰国。
しかし、東京でも病状は悪化し、10月13日に死去しました。享年46。
墓所は青山霊園。



俳優のフランキー堺さんは、縁戚(ご子孫)にあたります。
あと、アニメ「るろうに剣心」にも、川路利良が登場しているそうです。

2018年のNHK大河ドラマ「西郷どん」では、泉澤祐希さんが川路利良を見事に演じておられます。
また、鹿児島県警察本部庁舎前には、川路大警視の銅像が建立されています。

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