宍戸たまき【宍戸璣-山県半蔵】第2次長州征伐の際に藩主に代わって幕府と交渉


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 宍戸たまき(ししどたまき、宍戸璣)は、長州藩士・安田直温の3男として1829年4月18日に生まれた。
 幼名は安田辰之助。名は子誠、のち敬宇。

 妻は清水谷公正の娘・千枝子。

 安田辰之助は玉木文之進の塾(最初の松下村塾)にて吉田松陰らと共に学び、また長州藩の藩校・明倫館にて学んだ。

 1848年、藩儒・山県太華(明倫館学頭)の養子となると山県半蔵と改名。

 1854年には徳川幕府の役人・村垣範正に従うと、蝦夷地および樺太・露国巡視を行った。
 1855年には長崎へ遊学。この頃から諸藩の志士と交流するようになる

 1857年、長州藩に戻ると、明倫館・都講本役に就任し、世子・毛利定広(のちの毛利元徳)の侍講となった。

 1860年、毛利定広に従って江戸へ赴むくと国事に奔走。

 1862年には久坂玄瑞、土佐藩の中岡慎太郎らとともに松代にて謹慎中の佐久間象山を訪問し、長州藩へ招聘しようと試みている。

 1863年帰藩すると、九州諸藩を巡り尊王攘夷論を説く。
 1863年の八月十八日の政変のあとは、京都や大阪に潜伏して情報収集を行った。

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 その後、禁門の変で敗北し、下関での四国連合艦隊にも敗れた長州藩は恭順派(俗論派)の椋梨藤太らが政権を奪い、周布政之助は切腹。
 山県半蔵は自宅謹慎となったが、高杉晋作伊藤博文らの功山寺挙兵にて藩論が再転換すると、小田村伊之助ら共々赦免されている。

 その後、第2次長州征伐前に、徳川幕府が長州藩へ問罪使派遣を決定。
 長州藩は山県半蔵を家老・宍戸家の養子として、宍戸備後助(宍戸たまき)と改名させた。
 これは藩主・毛利敬親が病だとして会見に挑まない代わりに、代弁できる者としてされなりの重臣を派遣するための昇進だったようだ。

 幕府に対する正使が宍戸備後助(宍戸たまき)に決まると、副使に小田村伊之助が従い、1865年11月20日、広島の国泰寺で幕府問罪使(長州御用掛)の大目付・永井尚志や戸川安愛、松野孫八郎との会談に臨ませた。
 宍戸備後介はその1つ1つに痛快な答弁をし、相手に乗ずる隙を与えなかったと言う。
 交渉は翌年1866年にと長引きその間に、長門・周防両国を挙げて幕府に対して決戦すると言う「覚悟長防士民合議書」を起草し、藩内の各戸に36万部配布するなど、領内団結に貢献。
 また、広島に入った小笠原長行が、毛利敬親ら父子の蟄居命令書を渡そうとすると、宍戸は病気として旅館から出ないなどし、幕府からの受け取りを拒否。
 その為、旅館が兵で囲まれて2人は捕縛されて、広島藩に拘留された。
 これに対して長州藩は藩主の代理に縄を掛けたとして決戦を覚悟するに至り、高杉晋作ら長州藩は各地で幕府軍に勝利することとなる。
 広島に入っていた宮津藩主・本荘宗秀は、幕府側の敗戦の調和策とし、2人は放免された。

 この間の功が認められ、宍戸備後助(宍戸たまき)は長州藩から宍戸家の末家を新たに作る事を許されて、直目付役に就任。

 明治維新後は、明治2年(1869年)に山口藩権大参事になった。
 翌年からは新政府にて10月に刑部少輔。
 明治4年(1871年)11月には司法大輔。
 明治5年(1872年)には文部大輔となった。

 明治10年(1877年)には元老院議官。
 明治12年(1879年)3月には清国駐剳全権公使に任命された。
 琉球藩が廃止されて沖縄県が設置された直後であり、琉球の帰属問題が日本と清国の懸案となっていたが、宍戸たまきは琉球に対する日本の領有権の法的根拠を明記した寺島宗則井上馨外務卿の覚書を清国総理衙門へ提出した結果、翌年には交渉がまとまった。
 しかし、清朝の重臣・李鴻章らの反対により調印には至らず、明治14年(1881年)1月、交渉が打ち切られて日本に帰国している。

 翌年には宮内省出仕となり、明治17年(1884年)4月には参事院議官。
 明治18年(1885年)12月には再び元老院議官になった。

 明治20年(1887年)5月にはこれまでの功績を認められ子爵を叙爵。

 明治23年(1890年)帝国議会の発足に伴い、貴族院議員に任命され、同年10月20日、錦鶏間祗候となる。

 明治34年(1901年)10月1日死去。享年73。

 巣鴨近くの染井霊園に墓がある。

 (参考) Wikipedia

寺島宗則~樺太千島交換条約を結んだ外交のスペシャリスト

 

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