陸奥宗光 海援隊で貿易などを経験し、外務大臣として不平等条約の解消に貢献した偉人


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 陸奥宗光(むつむねみつ、伊達小次郎)は、紀州藩士・伊達宗広の6男として、1844年7月7日に生まれた。
 母は政子(渥美氏の娘)。

 この伊達家は500石の大身で、父は国学者・歴史家として知られた為、陸奥宗光も尊王攘夷に傾くこととなった。
 1852年、勘定奉行であった父が家老・水野忠央から危険思想を広めたとして失脚し、紀伊田辺にて10年近くに渡り幽閉される事となり、家族は困窮と苦難を強いられたと言う。

 1858年、15歳のとき寺男となって江戸に出ると安井息軒、水本成美の塾などで学び、坂本龍馬桂小五郎伊藤博文にと交流している。

 父・伊達千広は、1861年に前土佐藩主・山内容堂の口利きで釈放されたが、1862年には脱藩して嫡男・伊達宗興と共に尊王攘夷活動に参加。

 陸奥宗光は江戸遊学中、遊蕩三昧を繰り返していたが、見かねた遊郭の女郎が「京都へ上って活躍すべきだ」と勧めたという。
 しかし、上洛するにも金がないと陸奥宗光が答えると、その女郎は20両を無償で貸してくれたため、志士たちが集う京都へ行くことができた。
 維新後出世すると、この恩に対して女郎に借りた金を返して、彼女の婿まで世話をしたと言う逸話がある。

 陸奥宗光は1863年、勝海舟の神戸海軍操練所に入り航海術などを学ぶと、1867年には坂本龍馬の海援隊(亀山社中)に加わり、貿易で才能を発揮した。
 この頃最初の妻・陸奥蓮子を迎えたようだが、坂本龍馬の用心棒をしていた陸奥出海に憧れて、伊達姓から改名したとも言われている。

 坂本龍馬が暗殺されると、紀州藩士・三浦休太郎が黒幕だと思い込み、海援隊の同志15人と共に天満屋事件を起こしている。

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明治維新後は

 新政府が成立するや、岩倉具視の推挙にて外国事務局御用掛に就任。
 次いで会計官権判事となり、外国使節の応対や、外国軍艦の購入などで活躍した。
 特に新政府をまだ信用せずに中立の立場を取り、幕府が発注していた最新鋭軍艦・甲鉄艦を引き渡さなかったアメリカからとの交渉を成功させ、結果的に戊辰戦争で榎本武揚らを降伏させるに至った貢献度は大きい。

 明治2年(1869年)、大阪府知事・後藤象二郎のもとでも働くと、のちに兵庫県知事、神奈川県知事、外務大丞、大蔵省租税権頭から租税頭、大蔵少輔心得として、大隈重信井上馨渋沢栄一らと共に活躍するも、薩長派閥の新政府の人事に不満を抱き、和歌山も帰ると紀州藩強化策に専念して、教師雇い入れのためヨーロッパにも渡った。

 また、明治5年(1872年)に蓮子夫人が亡くなると、翌明治6年(1873年)に、新橋柏屋の芸妓・陸奥亮子(17歳)と結婚している。

 明治8年、元老院が成立すると議官となり、幹事役を務めた。

 しかし、明治10年、西南戦争の際に、土佐派の林有造・大江卓らと政府転覆計画に加担したことが発覚し、禁固5年の刑となって明治11年に投獄された。
 山形監獄に収容されると、妻・陸奥亮子に手紙を書く一方で、獄中にて功利主義・ベンサムの本を翻訳したりしている。

 その後、伊藤博文の配慮で設備が良い宮城監獄に移され、明治16年に特赦で出獄すると、伊藤博文の勧めもあって、イギリス・オーストリアに留学し、シュタインなどから学んだ。

 明治19年に帰国すると、井上馨の計らいで外務省に入り、明治21年には駐米公使、特命全権公使となって、日米条約や日墨条約の改正交渉に従事。
 特にメキシコとは日本初となる平等条約「日墨修好通商条約」を締結する事に成功した。

 明治23年に帰国すると、山縣有朋内閣の農商務大臣に就任し、民党対策を主に担当。
 大臣在任中に第1回衆議院議員総選挙に和歌山県第1区から出馬して、初当選を果た、閣僚の中で唯一の衆議院議員となった。
 足尾銅山鉱毒事件では田中正造などと対立し、また薩摩派との衝突もあり、明治25年に辞職すると枢密顧問官となる。

 第2次伊藤内閣では外務大臣の要請を受け、明治27年に念願の日英条約改正を成功させたのを皮切りに、小村寿太郎と共に次々にすべての国との条約改正を成し遂げ、幕末以来の不平等な治外法権を撤廃し、子爵を叙爵した。

 日清戦争の際には、イギリス、ロシアの中立化にも外交面での成功を収め、明治28年(1895年)には全権となり下関条約に調印。
 ロシア、ドイツ、フランスの三国干渉を受けるも、全体的には日本に有利な状態で戦争を終わらせ、伯爵となった。

 しかし、晩年は肺結核を患っており、明治29年に辞職すると大磯別邸(聴漁荘)や、ハワイにて療養生活を送った。

 明治30年(1897年)8月24日、肺結核のため西ヶ原の陸奥邸で死去。享年54(満53歳没)。

 現在の墓所は鎌倉市扇ヶ谷の寿福寺

 

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